令和6年度の新たな発見!
こんにちは!普天間飛行場内の発掘調査ブログ担当のMです😊。
今回も普天間飛行場内にある文化財に関する情報をお届けします🫡。
まず、前回紹介した普天間飛行場内で確認されている「103件」の遺跡数ですが、実はこのうちの2件は、つい昨年度に発見された遺跡なのです😲!
その2つの遺跡が「神山ミーガー古湧泉」と「宜野湾インガー古湧泉」です。
「神山ミーガー古湧泉」のストーリー
戦前、宜野湾市字神山にはメーヌカー(前の泉)、クシヌカー(後の泉)とミーガー(新泉)の3つの湧泉がありました。集落で主に生活用水として使われていたのはメーヌカーとクシヌカーで、ガマ(洞窟)の中にあるミーガーはあまり利用されなかったといいます。伝承によると、ガマは体育館ほどの広さがあり、石をはめ込んで池がつくられていたそうです 🪨。ガマの中は暗く外から見えにくいという利点もあり、水浴びする女性もいたと伝えられています。また、ながれている水はとても冷たかったといわれています。(まさにアイスワーラー)(水浴びはどうだったのでしょうか🤔)
元々この洞窟の存在は知られてはいたものの、普段の生活用水としては利用されていませんでした。しかし1905年(明治38年) の7か月間続いた大干ばつをきっかけに、新たに掘られた経緯があります。このことから、「新川」の字があてられているミーガーですが、昭和生まれの話者によると、巳年に起きた大干ばつのため、本来は「巳川」ではないかという見方もあるようです🤔。
所在地不明の遺跡を再発見?!
伝承による「神山ミーガー古湧泉」は長年にわたり正確な所在場所が不明でした。写真も残っておらず、聞き取り調査でも場所を確定することができなかったため、すでに埋没したと考えられていました。
ですが!
令和6年度の普天間飛行場内調査において、コウモリの生息状況を確認する目的で名称不明の洞窟に入ったところ、失われたと思われていた「ミーガー」を発見することができました!/(^o^)\ナンテコッタイ
25年01月21日ミーガーのある洞窟外観
入口の大きさが伝わる写真(ここに入るのか・・)
神山ミーガーは、ドーム状の広い洞窟の中につくられた、いわゆる「洞窟泉」です。水は透き通っており、洞窟内にはヘドロのような臭いもなく、石積みも良好な状態で残されていました。
伝承でいわれているほど水は冷たくありませんでしたが、概ねその通りのものが確認でき、とても貴重な発見です😊。
25年01月21日 ミーガー
この広さ伝わりますでしょうか😲
透き通った水が湧いています
さらに、本来香炉を安置していたであろうと思われるスペースには、香炉の代わりに置かれたと考えられる石のようなものも確認されました。
本来の香炉は現在、字郷友会事務所にある合祀所に安置されていることから、戦後15~20年の間に字郷友会事務所の方がミーガーから香炉を移動した可能性が考えられます。
ミーガー香炉置き場(代替の石?)
今回、特別に神山ミーガーを発見した際の動画も作成しました!是非ご覧ください😊!
犬が場所を教えた遺跡?🐕
二つ目の遺跡が「宜野湾インガー古湧泉」です。
この遺跡は名前の通り、犬(イン)が泉(ガー)の場所を見つけたことに由来するという言い伝えがあります。
字宜野湾に位置するインガーはドリーネの中にある湧泉で、日常生活に使う水源として利用されていました。
📌ドリーネとは、石灰岩地形のくぼ地のことです。元々洞窟だった場所の天井が崩れてこのくぼ地ができたそうです!
インガーは、神山ミーガーとは異なり、前から場所が知られていましたが、崩落が進み埋没している状況にあります。この状況を踏まえ、遺跡として周知することとしました!
遺跡として周知することで、開発から守る対象となります😌。
インガーの遠景
インガー標柱
1983年に撮影された写真では、湧出口付近の石積みは崩れている様子が見えます。また、その上部に香炉があることがわかります。
25年1月24日インガーの湧口確認できず
階段左側石積み
階段右側石積み
これらの湧泉は、かつてこの場所で生活していた方々の記憶と宜野湾市の歴史をつなぐ大切な財産です。今後も予備調査によってさらなる遺跡数が増えることを期待し、文化財の保護を目指していきます!
次回の投稿もぜひご覧ください😌。
この記事に関するお問い合わせ先
文化課 文化財保護係
〒901-2203
沖縄県宜野湾市野嵩1-1-2
電話番号:098-893-4430
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更新日:2026年03月27日