基地内にミステリアスな発見~神山テラガマ洞穴遺跡~
こんにちは!月々登場するMです😊。今月から梅雨の季節(レイニーブルー🌧️)が始まりますね。
そんな梅雨のどんよりした気分を吹き飛ばすような、普天間基飛行場内の重要遺跡の一つとして選定している『神山テラガマ洞穴遺跡』を紹介したいと思います!
神山テラガマ洞穴遺跡(2025年1月23日)
旧神山古集落の少し離れた東側に位置するこの洞窟は、長さ約40メートル、洞幅は広いところで13メートル、天井の高さは3~4メートルになります。かなり大きいです!😯
人が入ると、この大きさ。(『土に埋もれた宜野湾』)(1989年)
テラガマに伝わる「女神」✨
神山のテラガマは地域の方々にとって、古くからとても大切な場所でした。
伝承によると、普天満宮に祀られている女神が、首里の逃原から飛び出して普天満宮へ向かう途中、ここに立ち寄ったと言い伝えられています。(天女ではないです❗)
また、神山ではテラガマと普天間権現(普天満宮)には「クサイ(つながり・鎖)」があると考えられており、両者は精神的・信仰的に結びついた聖地として認識されていました。
そのため、テラガマは単なる洞穴遺跡ではなく、琉球の信仰文化と深く関わる神聖な場所として扱われていたのです。
神山テラガマ洞穴の中(2025年1月23日)
神山テラガマ洞穴の(2025年1月23日)
土留めの石積み
今もつづく信仰と祭祀
神山テラガマ洞穴遺跡は、古くから私たち宜野湾市の歴史を育んできた字神山の聖地として、今でも信仰の対象となっています。
祭祀場(2025年1月23日)
洞窟の中に入ると、洞口の真下の小テラスに祭祀場があります。
かつては、旧暦九月の「九月拝み」や六月十五日などの年中行事の際に、ムラの役員がテラガマを拝むならわしだったそうです。
戦後になると、基地内に入れなくなったため、神山郷友会の役員たちが郷友会事務所に造られた合祀所から遥拝という形で祈りを捧げ続けています。
大切な伝統を今も守り続けているのは、本当に素晴らしいことですね🫡。
避難壕
戦時中は避難壕として約180人が利用していました。しかし、この自然壕は飲み水が乏しく、当時は水の確保に苦労したそうです。
また、テラガマには抜け穴がなかったので、山真義保[屋号]のおじいさんがガマの中で羅針盤を使い、アジミー(抜け穴)を掘っていたのです!
アジミー
ミステリアスな石板
1981(昭和56)年12月の基地内文化財調査で、珍しい遺物が発見されました。それが、結晶片岩という岩石に図形が刻まれた線刻石板です!
一体これは何なのだ…🤔!と、私初めて見た時はおどろきました。
線刻石板
テラガマ洞穴の拝所にある香炉の後ろに立てかけてある状態で発見されました。平らな石の表面に様々な象形や記号のようなものが刻まれており、県内でもわずか11点ほどしか見つかっていない貴重な遺物です!
多くはグスク時代の遺跡と関連する拝所から見つかりましたが、実は「いつ、だれが、何のために作ったのか」はまだよく分かっていないのです。
刻まれているのは、にわとり、種から生えた植物や鎌、舵や櫂のある船などがあり、実用的、祭祀的、記録などの何らかの意図はありそうです。
宜野湾市公式YouTubeに公開されている「神山に残る文化財」という動画では、神山テラガマ洞穴遺跡での線刻石板発見の経緯のほか、普段は見られない洞窟内部の貴重な映像も紹介されていますので、気になる方は、ぜひチェックしてみてください🫡!
このようにまだまだ多くの歴史や遺跡が残っています。これからも基地内の遺跡の情報を発信していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
この記事に関するお問い合わせ先
文化課 文化財保護係
〒901-2203
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更新日:2026年05月29日