普天間飛行場内に眠る縄文時代の遺跡 ~上原濡原遺跡~
こんにちは!
いよいよ夏本番って感じしますね🌞。これから始まる発掘調査を思うと、少しヒヤヒヤしている基地内文化財ブログ担当のMです🫡。
今回ご紹介するのは、平成17年度に重要遺跡として選定された普天間飛行場内にある「上原濡原遺跡(ウエハラヌーリバルイセキ)」です! 縄文時代から近世・近代に至るまでの遺構が確認されている複合遺跡で、長年にわたる人々の土地利用の様子を知ることができる重要遺跡です。
縄文時代の「畑跡」の可能性も?
上原濡原遺跡では、生産活動に関わる遺構が確認されており、縄文時代の地層からは、畑を営んでいた可能性を示す遺構も確認されています!
調査風景
この遺跡は、原野と黙認農作地が広がる平坦地に所在し、小地名「濡原」のとおり、周辺よりも低地で、雨天時に冠水する排水性が悪い場所にあります🌧️。また、古くから「土が肥えている」と言い伝えられてきた場所にあります。
調査内容1
上原濡原遺跡は、那覇防衛施設局(現在の沖縄防衛局)が計画する陸軍送油管新設工事に伴う試掘調査で発見され、1992(平成4)年7月から市教育委員会により約600平方メートルの緊急発掘調査が実施されました🫡!
調査区の2層下位面では、出土遺物の年代観をみると、近世から近代にかけての畑跡が検出され、畝間溝も確認されました。また、そのさらに下の縄文時代晩期にあたる5層下位面では、これと類似する畝間状遺構が確認されています!
畝間とは?🤔
📌畝間とは、農地で作物を栽培する際に設けられる畝(うね)と畝の間のことです。(下の写真の白い線の部分)
検出された畝間遺構(近世~近代)は、約30~40センチメートル間隔で7条ほどがほぼ平行に並んでいました。各溝は幅10~15センチメートル、深さ約10センチメートルの浅い溝でした。
さらに、その下の層では、9条の畝間状遺構が確認されました。炭化粒が多く含むものもあり、その特徴的な形状から、原初的な生産遺構の可能性も考えられています😯。
畝間状遺構
畝間状遺構の周辺には土坑などの遺構も検出されたほか、石器や壷形土器などの出土遺物がありました。
仲原式土器 *壺の肩の部分
土坑の深さ約217センチメートル
調査当時、これらの土坑は県内最大規模を測りましたが、市内ではキャンプ瑞慶覧の海軍病院地区や、西普天間住宅地区などで類例資料が増えつつあります😯。特に海軍病院地区の事例では、落とし穴の可能性が考えられています!
調査内容2
2008(平成20)年に実施した調査は、1993(平成5)年の調査成果を再確認するとともに、遺跡の範囲や性格を調べることを目的として行われました。調査の結果、幅2mほどの「土手状高まり」が確認されました。畝にしては大きいものの、特徴的な遺構なので詳しく調査しようとした矢先、断続的な豪雨によってトレンチが冠水し、調査区の一部が崩落してしまいました😔。(何度も排水作業をしました!)
冠水しているトレンチ
排水作業
壁の修復作業
調査は、度重なる豪雨で調査区が冠水を繰り返したことで期限までに調査を終わらせることができませんでした😔。
そのため、今後の調査に備え、遺構は土嚢で養生しています。
養生風景
我々も近くまでいける~❓
普天間飛行場のフェンス沿いにあるこの遺跡は、実は「文化財説明板」が置かれています!
文化財説明板
文化財説明板
(すこし見つけにくいとこにあります)
普天間第二小学校の近く、ユニオン新城店の向かいにある駐車場に立っています~。
ぜひ興味のある方は見に行ってみてください😊!
上原濡原遺跡は、さまざまな発見があり、今後も調査が進められる遺跡です。
これからもいろんなおもしろい基地内に残る文化財について投稿しますので、よろしくお願いいたします🌞。
この記事に関するお問い合わせ先
文化課 文化財保護係
〒901-2203
沖縄県宜野湾市野嵩1-1-2
電話番号:098-893-4430
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更新日:2026年08月06日