今日の文化課 2026年1月
1月9日 【伊佐区の歴史名所 伊佐浜「新造佐阿天橋碑」を学ぶ】
さぁいよいよ明日は、令和6年度最後のイガルー・シマ文化財教室となります!
本年度は、全6回にわたって「伊佐区」について学んできました😄
そのうちの2回は伊佐区まち歩き!暑い中みなさん楽しく伊佐の文化財を巡りました♪
そしてそのまち歩きでも訪れた、【伊佐浜「新造佐阿天橋碑」】について明日はたっぷり勉強します😁

碑文には、この石碑が1820年に建立されたことが記されています。(オリジナルの碑は博物館にて保管)
さらに「宜野湾 歴史の道」を学ぶ上で、かつての正路が西普天間住宅地内あったことを立証する上で、極めて重要な内容が刻まれているのです!
とくとご覧ください!

って、読めるかひゃー🤣
むる漢字あらに!
そうなんです、碑文は全て漢文で書かれているのです😅
なので、読める漢字の羅列からなんとなーく雰囲気だけは感じ取れるけど、
・・・いみくじピーマン🫑🤯
(実はこの「いみくじピーマン」という言葉も、もともとは碑文・ヒムンになんて書いてあるか分からん、ということから派生した沖縄言葉なんですよ😆 その話はまたいつか)
明日の講義では、この漢文の内容を読み解きながら、なぜ碑を建てたのか、その背景にはどのような事情があったのか、当時の様子を窺いながら学んでいきますよ♪
また、沖縄には今でもいろんな場所に石碑が建っていますが、時代とともに碑のデザインが変わったり、文字が漢文だったり仮名文字だったりもします。それはなぜなのか!? 碑文の中で一文字、二文字上げて書く箇所、逆に一文字空ける箇所があったりするのはなぜなのか?
今回それらを学ぶことで、これから出会う碑文への見方が大きく変わっていくと思いますよ♪
イガルー・シマ文化財教室は基本、当日参加も受け付けておりまーす🫡
本年度最後の講座にはなりますが、気になる方はぜひご参加ください♪
1月10日(土曜日) 伊佐区公民館にて午前10時より開催です!
お待ちしておりまーす!
1月8日 【ベテランの知恵!作業用具が無ければ造る!】
本日は、シルバーさんたちへの新年の挨拶も兼ねて、清掃作業を行っている大謝名メーヌカーへ行ってきました。
今日もプロフェッショナルな作業をなされていて、感謝感謝です😄

前回のメーヌカーパトロールの際に、石垣から民家に伸びるツタが目立ってきたので、こちらをどうにか撤去できないですかねーと相談していたところ、
今日の作業後にはこんなに綺麗サッパリ!
写真ではよく分かりにくいのですが、このツタまでの高さは樋上からでも2.5~3mくらいあるんです📏 泉の樋部分も含めると4mくらいになるかも😵💫
なので、もちろん出来る範囲で構いませんので、無理はなさらないでくださいね。
と伝えていたんです。
しかし現場に着いてみるとアラ綺麗!
どうやって処理したんですか!?
と聞いてみたら、これがすごい!
3mほどのパイプの先に金属製のヘラを括り付けて、これで下からゴシゴシとツタを剥いでいったというのです😃
さすがベテラン!その発想が出てくるかー😆
現場の困った状況を見て、これまでの経験値からアイデアの点と点とが結び付き、新しい器具を生み出す😁!
無ければ造る!
いや~感銘を受けました!
ということでシルバーのみなさん、今年も一年よろしくお願いいたします😄
ちなみに大謝名メーヌカーの見どころは、泉はもちろんのことですが、泉まで下りていくカービラ石畳道も雰囲気バッチリなんですよ♪

ぜひ訪れてみてくださいね😄
1月7日 【除夜の鐘ならぬ、岩をつく宜野湾市文化課隊】
みなさん、年越しの際に除夜の鐘は撞かれましたか~🔔
所説あるようですが、108つあるといわれる人間の煩悩を御払いする意味を込めて108回鐘をつくようですね😁
108とは多いのか少ないのか😅 一日一回迷いや煩わしさを感じたら、、一年で365回ですよ😆! HYの366日を流しつつ鐘をゴンゴンついて身を清めたいですね。こわい~しくら~い😂 いや、それが人間ですもの!
と、そうではなくて、
仕事始めの月曜日から、我々は「除夜の鐘」ならぬ、「ジノンの岩」を108回以上突いています🤣 下手したら1000回以上突いてきたかもしれません! もう煩悩どころか握力が消えて無くなりました🤣
その場に流れたBGMは、「ツイてるね~ノッてるね~♪ by みぽりん」 それも~こわ~い😂
新年早々すみません🙇🏻
いえ、ジノンの岩を突いたのは本当なんです!
おそらく、ちょうど一年前に~、トラブリュー、、
いや、もう歌わん!
ちょうど一年前ほどにも記事を上げたと思いますが、
西普天間住宅地区内にて、戦前に使われていたであろう「石切場」が発掘されました。

もう見るからに明らかに石切場なわけなんですが、なんとも興味深いことに、石切りの作業途中の岩が見つかったのです!

岩盤に穴を空けて、下部と切り離そうとしている姿が分かりますよね😃
すごくないですか!? こういう風にして石を切り取り、それを柱だったり壁だったりヒンプンだったりにして使用していたと言われています。
切り取る作業はもちろんのこと、それをいくつも運ぶともなると、、想像を絶する労働ですよね😅
それを身をもって、当時の切り出し方法で体験中というわけなのです!
まだ切り取れていませんが、切り取ることができたらまたアップしますね😁

石切場というと、読谷や浦添港川などが有名ですが、どちらも海の中から切り取っています。
そこにおいてこういう内陸部の石切場というのはなかなか珍しく、石切の歴史を知る上で貴重な情報源となるようです。
ただ、こちらの喜友名の石切場は跡地開発によって埋められてしまうことが決まっていますが、すぐ近くの新城の丘上で発掘された石切場はしっかり残していく方向なので、そちらが公開された際にはぜひ見学に訪れてくださいね♪

1月6日 【今年は「丙午」!エネルギッシュにまいりましょう!】
新年、明けましておめでとうございます!
昨日よりハチウクシー(仕事始め)となりました、宜野湾市文化課より新年のご挨拶を申し上げます😄
旧年中は大変お世話になりました。
本年もますますのご支援、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします🙇🏻
今年は「丙午(ひのえうま)」の年、ものすごいエネルギーにみなぎる一年になるとも言われていますね💪

(↑普天満宮では、毎年恒例となっている普天間高校美術部による巨大絵「馬」が描かれています😁)
上記の「丙午」のように漢字二文字で年を割り当てる表記を「六十干支」といい、「十干」と「十二支」を掛け合わせた60の干支があり、60年に一度のサイクルで一周りします。
なので一つ前の「丙午」は60年前の1966年。
長くなるので詳しいことは割愛しますが、
「丙」というのは陰陽五行(古代中国の思想)に当てはめると「火の兄」に当たり「ひのえ」、
「午」は皆さんご存じ十二支の「ご・うま」ですが、こちらも陰陽五行でいえば「火」になるんですね。
なので、「丙午」は「陽の火x火」となり、そこから火のようにエネルギーに満ち溢れる年になる、と言われているようです。加えて「馬」は「馬力」という言葉にも使われるほど走力とパワーを表現する動物ですからね。
また、とくに「丙午」年には昔から言い伝わる伝承があり、「火x火」だけに火事が多い年と言われたり、あまりに情熱に燃えた女性の話(八百屋お七)があったりと、それこそエネルギッシュな年になると伝わるようです😅
興味ある方は調べてみてくださいね♪
ご自身の六十干支(生まれ年の性格)を調べてみるのも面白いですよ♪
それから身近なところだと、宜野湾市の市指定有形文化財〔彫刻〕に登録されている「小禄墓石彫香炉」には「嘉慶十一年丙寅年」という寄進年が刻まれていたり、お隣の浦添ようどれで発掘された高麗瓦には「癸酉」と刻まれていることから、浦添グスクの築城年代が1273年なのか、1333年なのか、はたまた1213年なのかという議論が生まれるわけなんですね😁
まさに浦添グスクの遺したダイイングメッセージとでも言いましょうか🫢
歴史ロマン溢れまくりですね♪
今でこそ沖縄で馬を目にすることは少なくなりましたが、「馬」は意外と琉球国時代から人々の生活に関係性が強く、かつては明への朝貢物として欠かせないものであったし、農耕作業の強力なサポーターだったこと、馬を調教したり琉球競馬(ンマハラシー)が行われる「馬場」が各地にあったこと、ジュリ馬祭りでも馬がフィーチャーされますよね🐎
ということで、60年に一度の「丙午」!
エネルギッシュにまいりましょう😆





















更新日:2026年01月09日